2009年06月10日

元号使用の法的根拠は元号法のみであり

現在の日本では、元号使用の法的根拠は元号法のみであり、それ以外に元号の使用を義務付ける法律や、使用しないことに対する罰条などはない。なお、元号法制定にかかる国会審議で「元号法は、その使用を国民に義務付けるものではない」との政府答弁があり、法制定後、多くの役所で国民に元号の使用を強制しないよう注意を喚起する通達が出されている[1]。また、日本共産党などの左派系の団体などは、「元号の使用を強制し西暦の使用を禁止するのは好ましくない」と主張している

国、地方公共団体などの公文書ではほぼ全てにおいて元号が用いられる(反面、皇紀は用いられていない)が、特許庁が発行する公開特許公報は「平成21年(2009年)」の形で元号の後に西暦を併記している。また旅券(パスポート)は日本国外で用いられることを想定しているため、例外的に名義人の生年が西暦で記載されている。住民基本台帳カードは有効期限が西暦で生年月日が元号で表記されている。

日本国内において西暦が常用されるようになったのは、1964年(昭和39年)の東京オリンピックに向けてのキャンペーンを経た後であり、それ以前には、戦後分離された沖縄、小笠原地域を除き、元号が常用されていた。しかし、高度成長期を経て、さらに元号が昭和から平成に替わると、西暦を常用する人々が次第に多くなってきた。
化学物質過敏症
特定疾患
オーケストラ
バーベキュー
スキンケア
学童保育所
衛生
合気道
ホスピス
試写会
材料科学
システム工学
哺乳類
クリスマス
遺伝子疾患
食品添加物
ボクシング
履歴書
バレーボール
労働組合

こうした中、次の理由を挙げて西暦を選ぶ者もいる。

西暦には改元が無く紀年数は常に不変だが、元号は(天皇の崩御を基準に)いつか改元されるものである為、例えば“平成100年”(2088年)の様な遠い未来の紀年を正確に表現できないこと[3]。
日本独自の紀年であるために国外では通用せず、外国人に理解されにくいこと。
西暦では1年に対する紀年数が常に一対一の関係にあるのに対し、立年改元を行う現行の元号制度では、1つの西暦年に対し2つ以上の元号(1989年=昭和64年・平成元年)が対応する場合もあり[4]、特にコンピュータで年を扱う際の事務処理やアルゴリズムが煩雑になること(『昭和100年問題』のような『日本独自の年問題』も発生させている。後述)。
改元に際して各種印刷物記載の旧元号を新元号に修正する作業のための時間と費用が生じること。また修正が困難である(一旦公に出回ったもので回収や再配布にコストがかかるもの)か修正に時間がかかる[5]ため旧元号の使用を続けざるを得ないケースがあり、混乱のもととなること。
異なる元号をまたぐ年の間の年数計算が複雑になること。また長期間の年数計算のためには多くの元号を時系列順に記憶しなければならないこと。
年度の区切りが改元の区切りと一致せず、改元後年度の終了日までの呼称は旧元号による(例えば平成元年3月31日は昭和63年度に属する)ため、混乱を生じやすいこと。
天皇制/皇室制度と密接に結びつくため、天皇制廃止論者による批判の対象とされること。
改元があるために、時代の流れを切断し、世界史の中における日本史についての認識をさまたげること。
日本においては長年、元号が用いられていたが、報道機関では朝日新聞が1976年(昭和51年)に、毎日新聞が1978年(昭和53年)に、読売新聞が1988年(昭和63年)に、いずれも年明けから日付欄を「西暦(元号)」表記に改めた。1989年の平成改元以降、その他の各報道機関も本文中は原則西暦記載、日付欄は「2009年(平成21年)」の様に「西暦(元号)」という順番の記載を行うところが多くなったが、産経新聞や一部の地方紙[6]やNHKのニュースのように本文中は原則元号記載、日付欄は「平成21年(2009年)」の様に「元号(西暦)」という順番の記載を行っている報道機関もある。ただし産経新聞のウェブサイト「産経ニュース」では、ホームページは「2009年(平成21)04月04日」、個々の記事のタイトルの下には「2009.4.4 02:04」、記事の本文中では「平成19年」のように不統一が見受けられる。しんぶん赤旗は日付欄に元号と西暦を併記していた時期があったが、現在では西暦のみを表記している。

現在、中国の文化的影響の下で伝統的な元号を用いているのは日本のみであり、元号制度の前提である「君主」が存在するのも東アジアでは日本のみとなっている。

西暦に対応して元号を和暦または邦暦と呼称することもある。

2009年06月06日

唐三彩(とうさんさい、拼音: tángsāncǎi 、三彩とも)は

唐三彩(とうさんさい、拼音: tángsāncǎi 、三彩とも)は唐代の芸術品で、1000年以上の歴史を持つ。いわゆる唐三彩は唐代の陶器の上の釉薬の色を指し、後に唐代の彩陶(上絵を施した陶器)を総称する語として使われるようになった。唐代の陶器の釉薬の色は非常に多く、クリーム色、赤褐色、薄緑、深緑、藍色、紫などがある。中でもクリーム色・緑・白の三色の組み合わせ、或いは緑・赤褐色・藍の三色の組み合わせを主としていることから三彩と称されている。
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唐三彩は二回にわたって焼かれる。一回目は白色の粘土で器物の原型を作り、窯の中で1000?1100度で素焼きにされる。冷却の後、器物を取り出し、各種の釉薬をかけ、再び窯の中で850?950度で焼かれる。炎色反応を用いて色を付けることから、釉薬には銅(緑)、鉄(赤褐色)、マンガン(紫色)、コバルト(藍色)、アンチモン(クリーム色)を用い、助燃剤として鉛やアルミニウムを用いる。釉薬の色が互いに浸透し、年代が経つことにより、顔料の色が微妙に変化し、新たな色を作る。唐三彩は芸術品としての水準は極めて高いものの、日用品として用いられることは少なく、主に埋葬品として使用された。

唐三彩の形状は非常に多く、人物、動物、器物の三種に主に分類される。人物には天子、文官、武将、貴婦人、男の子、下女、芸人、ペルシア人などがある。動物には、馬、ラクダ、牛、羊、ライオン、虎などがある。器物には容器、文房具、お碗、壺、皿などがある。唐三彩は日用品や部屋の装飾品よりも主に埋葬品として使用され、主に中原一帯で生産・流行し、中原一帯の官僚たちに使用された。唐代の陵墓を発掘するにしたがって、埋葬品としての唐三彩が大量に発掘された。

唐三彩の造形は当時の社会や風俗を表している。力強く瀟洒な様子である天子の像や武将の像、肥えた馬やラクダの像は、初唐の国力が強盛であったことを示す。顔がややふっくらとして、体が豊満な女性の像は、当時の女性はふくよかであることが美しいとされたことを示している。

唐三彩はシルクロードを通り、13世紀から15世紀半ばころにかけてシリアやキプロス、イタリアに伝来した。また、日本や他の東アジアにも陶芸品の影響を与えた。

2009年04月23日

中部フランク王国

中部フランク王国(仏:Francie médiane 独:Mittelreich)は、ヴェルダン条約によるフランク王国の分裂によって、東フランク王国と西フランク王国の中間に、カール大帝の孫で西ローマ皇帝の称号を持つロタール1世の領土として建てられた王国。ロタール王国、ロタール領と呼ぶこともある。

843年のヴェルダン条約によって国土は、イタリア、ブルゴーニュ、プロヴァンス、西アウストラシアに及んだ。領土が入り組んだ形になったのは重要拠点を中部フランク王国が取得したからだが、その諸民族を統率するべき歴史的、民族的、あるいは地理的一体性もない、人為的な建国で、維持は困難であった。855年のロタール1世の死後、遺領は息子たちがこれをロタリンギア、プロヴァンスおよびイタリアに3分して治め、870年メルセン条約で、それぞれ東フランク王国(国王ルートヴィヒ2世)、西フランク王国(国王シャルル2世)、イタリア王国(国王ロドヴィコ2世)に割譲された。

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国王
ロタール1世(中部フランク王在位:843年 - 855年、西ローマ皇帝在位:840年 - 855年)

ロドヴィコ2世(ロタール1世の長子、イタリア王 兼 西ローマ皇帝在位:855年 - 875年)
ロタール2世(ロタール1世の次子、ロタリンギア王在位:855年 - 869年)
シャルル(ロタール1世の末子、プロヴァンス王在位:855年 - 863年)

2009年04月22日

19世紀:腐敗と、対照的な聖人・芳醇な教会文化

アレクサンドル1世(在位:1809年 - 1825年)は神秘主義に傾倒していたが、モラヴィア兄弟団やドイツ神秘主義と接触しクエーカーをロシアに招待したことにもみられるように、彼の神秘主義は西方を志向していて正教会とはほとんど接点がなかったと考えられている。

19世紀はロシア正教会の問題が膨れ上がっていった時代であった。教会法は前近代的なものであった上に教会司法は未整備のまま、高位聖職者の風紀紊乱は最悪のレベルに達しており、他方、教会を支える底辺に位置する司祭達の貧困は悲惨を極めて社会問題化していたが、I.S.ベーリュスチンは著書『19世紀のロシア農民司祭の生活』(訳:白石治朗)においてそうした情況を告発した[27]。大改革を進めていたアレクサンドル2世(在位1855年 - 1881年)と、開明的であるとされていた聖務会院総裁A.P.トルストイは本書に共感を示して問題意識を共有したとといわれるが、そのことによる皇帝によるベーリュスチンに対する保護命令が無ければ、そのあまりに赤裸々な内容を問題視した聖務会院によって、ベーリュスチン神父はソロヴェツキー修道院に追放されるところであった。元々極寒の地において豊かでなかったロシア帝国は、改革を行うにはあまりにも大きい貧困というハンディを抱えていた。

このような悲惨な時代にあってもなお(いやだからこそというべきか)、ロシア正教会には精神的な救済を求める人々が絶えなかった。サロフの聖セラフィム、クロンシュタットの聖イオアン、アラスカの聖インノケンティ、日本の亜使徒聖ニコライ(ニコライ・カサートキン)といった多くの聖人も輩出されている。前述の開明的な聖務会院総裁A.P.トルストイは、ニコライ・カサートキンの日本での伝道活動に対してさまざまな援助を行っている。19世紀半ばはさまざまなロシア正教会の矛盾が噴出した時代であったが、同時にそれに対する問題意識もまた広く共有され、精神的復興と教会の改革が模索されていく時代でもあった。これらの模索と試みは残念ながらアレクサンドル2世の暗殺などによってほとんど中途に終わったが、豊かに聖人・文化が生み出される時代精神を表すものでもあった。

19世紀から20世紀初頭にかけての教会文化:聖歌とイコン
19世紀も後半に入ると、教会文化が豊かに花開いた。

聖歌の面ではロシア・正教会の伝統を復興しようとした人々によって新たな地平が切り開かれた。初めてロシア聖歌に混声合唱を取り入れ、古典聖歌の研究も行っていたアレクサンドル・アルハンゲルスキーといった聖歌作曲家のほか、世俗の作曲家にもニコライ・リムスキー=コルサコフをはじめとして伝統的聖歌の復興を模索する人々が現れた。この時代、多くの作曲家が正教会の聖歌を作曲している(Category:正教会聖歌作曲家を参照)。19世紀末から20世紀初頭にかけてはパーヴェル・チェスノコフが活躍。チェスノコフは多作な聖歌作曲家であり、特に重低音を活かした聖歌を得意とした。

19世紀ロシア聖歌の伝統復興の模索はまだ不十分であり、西欧的聖歌からは脱却していないとする見解も存在するが、イタリア音楽のほとんどコピーであった18世紀の聖歌と違い、この時代の聖歌には現代でも正教会の伝統に則ったスタンダードとして歌われるものも多い。

イコンについてもイタリア・ルネッサンスの影響を脱してビザンチンの伝統が見直される運動が始められた。他方、世俗絵画の領域では西欧的な手法を用いつつも題材を正教会に則った作品の数々が生み出されていった。宗教的象徴主義の代表的指導者とといわれるミハイル・ネステロフ、ワシーリー・スリコフ、ヴィクトル・ヴァスネツォフなどが有名であるが、彼らは世俗絵画の他に大聖堂のフレスコ画も手がけた。

アレクサンドル・アルハンゲルスキーとヴィクトル・ヴァスネツォフの父は正教会の司祭であり、同時代のI.S.ベーリュスチン神父が告発したような「無教養で堕落したロシアの司祭」というようなイメージとは異なる人々がそうした階層からも生み出されていたことが窺える。
ナーゼ リズム チェリ ゲバラ 津田かぶ ハニカム ロジック ニーネ フィギ メートル ドニヒリズム チェーサー はこべ ジレン ジェミニ 次郎柿 ブリク テクノロ きない ニップレス ケイン そらの木 ギリソウ カレッ ヤルタ ミムルス 希望の橋 イメクラダ ブック ナチス ラーメ 幸福 ローボール かっさい シュリン オステ けたあみ バシリ ノニオ スイレ かめだ 西条柿 テント 小指 サイトミニ ばれいし デジパー ドライ マグネット バロメ


19世紀のロシア正教会の教会文化は、その時期に伝道された日本ハリストス正教会に今日に至るまで多大な影響を及ぼしている。ボルトニャンスキー、アルハンゲルスキーの聖歌は今もなお日本正教会で広く歌われている。この転換期に留学したイリナ山下りんが「イタリヤ画」を好み、ビザンチンイコンを「おばけ絵」として嫌っていたという逸話も、両方の様式が混在していた時代背景があればこそであった。

これらの19世紀のロシア正教会文化については、その西欧化と伝統継承の度合い、及びその是非を巡り、多様な温度差を伴う賛否両論がある。

ロマノフ朝による対外的宣教
対外的には、ロシア正教会はロシア領の拡大とともにその宣教範囲を拡大し、シベリア、アラスカ、さらにはロシア国外の日本などへ宣教師を送り、教会を建てた。19世紀のロシア正教会の伝道の当事者達は、「在外ロシア人のためのロシア正教会」ではなく、あくまで「現地人の正教会」を建てることを目指していた。このことが、現地に派遣された神品による、現地語による祈祷書・聖書の翻訳を活発化させた。アラスカの聖インノケンティによってアレウト語への翻訳がなされ、日本の亜使徒聖ニコライによって日本語への翻訳がなされた。

2009年04月05日

一般的な多面ダイス

4面ダイス - 形状は正四面体。1?4の目を出す。
上を向く面は存在せず、三角形の頂点の所に数字が振ってある。上の画像で手前に見えている面で言えば、1、2、4の3つの数字で、このうち上の頂点に書いてある4がこのときの目である。後ろに隠れて見えない面でも頂点の所には4と書いてある。また、辺に出目が書いてあるダイスもあり、この場合は「床に接している辺に書かれた出目」を読む。2008年5月現在は底面式の方が普及している。
8面ダイス - 形状は正八面体。1?8の目を出す。
10面ダイス - 形状は正ねじれ双五角錐と呼ばれる、2つの五角錐を半分ずらして底面で貼り合わせたような形状。1?10の目を出す。ただし、一般的に10は0と表記されている。
10進数の乱数を発生させるためのものだが、同じ目的のためには、正二十面体の面に1?10の目がそれぞれふたつずつ割り振られた統計用乱数賽が用いられることもある。しかし、ゲームの分野においてはこの独特の形状が好まれ、あえて10面ダイスを用いる傾向にある。ホビーショップで売られているため、入手は統計用乱数賽より容易である。なお、後述のように、正ねじれ双角錐の形状により、さらに面の個数を増やした双錐体ダイスを作ることができる。
12面ダイス - 形状は正十二面体。1?12の目を出す。
20面ダイス - 形状は正二十面体。1?20の目を出す。
統計用乱数賽 - 10進数の乱数を発生させるためのもの。正二十面体に、0?9の数字が2つずつ書かれている。製品の精度を高めてあるために、一般にホビー用のサイコロよりも高価である。

富有柿 クイッ リブート フットサ ラインス メスズ ファズ検索 ドックス イエロ ウィン だんがい ダーティー セント テープ サーチケ パラノイ モーゲージ ユーロ ムード ニュース チロロ レチノ サキソニ リピー プブック ヘデラ みそぎ タンバ 天王寺 火の鳥 イツァ タンタル はしゅ バイヤヤー レディネス フライト スロイス トレモロ 超特急 こたん はたけやま 応和 サウス テーベ シャレ トゴス スコッチ リーデー オフェンス ゲンノシ

2009年03月21日

みよし (列車)

みよしとは、西日本旅客鉄道(JR西日本)が備後落合駅・三次駅?広島駅間を芸備線経由で運行していた急行列車の名称。2007年7月1日のダイヤ改正をもって廃止された。

芸備線・木次線優等列車沿革 [編集]
1953年 - 米子駅?広島駅間を木次線・芸備線経由で週末に運行する臨時快速列車として「ちどり」の運行を開始。
1955年 - 米子駅?広島駅間を木次線・芸備線経由で週末に運行する夜行臨時快速列車「夜行ちどり」運行開始。
1959年 - 「ちどり」・「夜行ちどり」が準急列車に昇格。
1961年 - 岡山駅?道後山駅間伯備線・芸備線経由で運行する準急列車として「たいしゃく」が運行開始。また、「ちどり」上り列車のみ山陽本線岩国駅発となる。
1962年3月15日 - 米子駅?広島駅間に伯備線・芸備線経由で運行する準急「しらぎり」運行開始。また、「たいしゃく」広島駅まで運転区間を延長。「ちどり」を「ちどり1号」に、「夜行ちどり」を「ちどり2号」にそれぞれ改称。
1964年 - 鳥取駅?広島駅間に木次線・芸備線経由で準急「いなば」運行開始。
1966年3月5日 - 「ちどり」・「たいしゃく」・「しらぎり」・「いなば」急行列車に昇格。
1967年 - 新見駅?広島駅間に急行「ひば」運行開始。
1968年10月1日 - 「ちどり」、「いなば」を統合し鳥取駅発着列車を、「しらぎり」を統合し新見駅・伯備線経由列車も1往復ながら運行開始。「ひば」を「たいしゃく」に統合。このとき「ちどり」4往復体制。「たいしゃく」2往復体制となる。
1972年 - 「ちどり」米子駅発着列車の一部を松江駅発着とする。また、伯備線経由列車を廃止。「たいしゃく」岡山駅乗り入れを終了。芸備線内を運行する急行列車となる。また、上り列車1本を岩国駅発とする。また、津山駅?新見駅?広島駅間に急行「やまのゆ」運行開始。
1980年 - 「ちどり」昼行列車を全て広島駅発着とする。また、夜行列車廃止。「たいしゃく」新見駅より上り列車が備後庄原駅から、下り列車が備後落合駅まで普通列車として運行する急行列車となる。また、「やまのゆ」廃止。
1985年 - 「ちどり」・「たいしゃく」1往復を除き廃止。廃止分の内1往復を「みよし」に名称を変更。
1987年 - 広島駅?浜田駅間を三江線・山陰本線経由で臨時列車「江の川」(三江線内快速)運行開始。また、三次駅?宮島口駅間に臨時列車「宮島もみじ狩り号」を運行。
1989年 - 広島駅?備後落合駅間に臨時列車「ネコヤマスノーエキスプレス」を運行開始。
1990年 - 「ちどり」備後落合駅?広島駅間のみの運行になる。また、三次駅?広島駅間のみの運行列車の「みよし」を運行開始し、2往復体制となる。但し、上りの新見駅行き列車は備後落合駅までとなり、三次駅止まりは上り列車1本のみとなる。
1991年 - 「たいしゃく」、備後落合駅までの運行となる。
1994年 - 臨時列車「江の川」この年を最後に以降運行なし。
1995年 - 臨時列車「ネコヤマスノーエキスプレス」この年を最後に以降運行なし。
2000年 - この時点では「ちどり」は備後落合駅?広島駅間の運行。上りは備後庄原駅以遠が普通列車として運行された。また上り、下りとも備後落合駅で木次線宍道駅方面の普通列車との接続が考慮されたダイヤであった。「たいしゃく」は備後落合駅?広島駅間の運行。下りは備後庄原駅まで普通列車として運行された。また上り、下りとも備後落合駅で東城駅方面の普通列車との接続が考慮されたダイヤであった。このほか三次駅?広島駅間に「みよし」2往復が設定されていた。
2002年3月23日 - 「ちどり」・「たいしゃく」名称廃止。「みよし」4往復体制となる。
2003年10月1日 - 「みよし」の運行時間帯を変更、1往復が矢賀駅・安芸矢口駅・下深川駅に停車。
2007年6月30日 -「みよし」の最終列車が運転される。
2007年7月1日 - 「みよし」が快速「みよしライナー」に格下げされ廃止。
廃止の理由は以下の通りとしている。
地元から急行料金(広島-三次間730円)のいらない快速列車を増発運転してほしいとの要望が強いこと。
平均乗車率が30%程度まで低下し増加の見込みがない。
使用車両そのものが老朽化しており、更新要望も上がっていたものの、JR西日本は京阪神地区以外での車両購入費用は全額地元負担としているが、地元自治体が資金負担に消極的であったため更新の費用もない。
天の浮橋 ワインレッド ルバーブ 優しい響き マナー スピネル うむら タルブロク ドライブ ドマリエ スペツナズ シルク ダンネージ タイフーン かきょう ストリ 薪の音 次世代 スコア ロッジ まいこ ギャンブ リプリン リマーク しまやま フィト マリッジ ラニン オダマキ ジンバク ステップ フリー ストック ムッシュー かまど シンボリ トルクア ブルネイ メクチュ ライト ノッブ ソンブ 道のつづき ミノス マキシム データ ラチア ビンゴ シャド マキザサ

愛称の由来 [編集]
「ちどり」 - 松江城の別名「千鳥城」から。
「たいしゃく」 - 帝釈峡から。
「しらぎり」 - 広島県の三次市で、秋から早春にかけてみられる現象「霧の海」から。
「いなば」 - 鳥取県東部を指す「因幡国」(いなばのくに)から。
「しんじ」 - 島根県の「宍道湖」から。
「ひば」 - 広島県北東部の比婆郡(現・庄原市)および比婆山から。
「みよし」 - 三次市から。
「江の川」 - 広島県から島根県で日本海に注ぐ江の川から。

廃止時の運行概況 [編集]
三次駅?広島駅間:4往復
備後落合駅?広島駅間:1往復 ただし、備後落合駅?三次駅間は普通列車
列車番号は、三次駅?広島駅間では号数+810となる。1号=811D、2号=812Dとなる。備後落合駅まで直通する列車は、備後落合駅?三次駅間での列車番号は直通する列車の号数+1620となる。
三次駅?広島駅間の所要時間はおよそ1時間10?20分。
2007年6月の廃止まで、JR線内で2往復以上運行されている定期急行列車は「みよし」のみであった。
備後落合駅まで延長される列車は備後落合駅で新見方面の列車に接続していて、4時間ほどで移動することができた。

キハ58系気動車
普通車自由席のみの設定。
廃止当時、急行列車でキハ28・58系気動車を使用しているのは、「みよし」のみとなっていたが、この列車の廃止により、急行形車両による急行列車は消滅した。
多客時には2両ほど増結され4両編成で運転されることもあった。まれに団体専用車両を併結した6両で運転することもあった。なお、最終列車は2両増結の4両編成、「みよし」2号?4号は6両編成で運行した。また、最終日は山口鉄道部車両管理室に配置されているキハ58形も動員された。
この車両は間合い運用で普通列車にも使用されていた。朝、広島から回送し折り返し2829D、広島→三次の1866D、三次→広島の最終列車1877Dに使われていた(列車番号はいずれも廃止直前2007年6月30日時点のもの)。また、備後落合発着便は備後落合駅で夜間滞泊を行っていた。
列車廃止後にキハ58 563とキハ28 2329は広島運転所から岡山電車区気動車センターに転出し、国鉄色に塗装変更された。

停車駅 [編集]
備後落合駅?三次駅間の各駅 - 甲立駅 - 向原駅 - 志和口駅 - *下深川駅 - *安芸矢口駅 - *矢賀駅 - 広島駅
備後落合?三次間は1・6号のみ運転、この区間普通列車。
*印の駅には3・4号のみ停車。

2009年03月06日

血を流すカンザスと1856年の選挙

1855年頃のカンザスでは、奴隷制問題が耐え難いほどの緊張感と暴力を生む状態になっていた。しかしこれは、開拓者の圧倒的多数が公の問題には無関心で単に西部の土地に飢えた者達である地域のことだった。住人の大多数は党派的な緊張関係や奴隷制の問題に無関心であった。その替わりにカンザスの緊張関係は敵対する要求者の間の闘争になっていった。カンザスに開拓者の最初の波が訪れたとき、誰も土地の権利を持っていたわけではなく、耕作に適した新しい土地を占領しようと皆が押し掛けた。緊張感と暴力はヤンキーとミズーリ州の開拓者が互いに競い合うという形で起こったが、奴隷制の問題で理論的に分かれていたと言うような証拠はほとんど無い。その替わりに、ミズーリ州の要求者はカンザスを自分達の領域と考えヤンキーの無権利居住者を侵入者と捉えた。ヤンキーはヤンキーで、ミズーリ州の開拓者は正直に入植することもないままに最良の土地を掴んだと告発した。

しかし、「血を流すカンザス」の1855年から1856年にかけての暴力は、後の人に神の意志で奴隷制を壊すために遣わされた者と見なされたジョン・ブラウンが混乱の中に入ってくることによって理論的にもクライマックスに達した。1856年5月24日の夜に起こったいわゆるポタワトミーの虐殺で、ブラウンは5人の奴隷制擁護派の開拓者を殺し、ややいびつな形のゲリラ戦の様相になった。ブラウンの情熱は別としても、カンザスにおける闘争は土地と金により強い意欲を燃やす武装集団のみを度々巻き込むことになった。

彼の自由を求める熱意は私のものよりも絶対的に優れている。私のものなどか細い灯りに過ぎない。彼の熱意は燃える太陽であった。私は奴隷のために生きることができる。ジョン・ブラウンは彼のために「死ぬ」ことができた
?フレデリック・ダグラス、ジョン・ブラウンについて。
しかし、カンザスの市民の争いよりもより大切なことは、それに対する国中の反応と議会の反応であった。北部でも南部でも、他方がカンザスで起こっていることによってその急進的な考え方の典型としようとしている(そして責任がある)という見方が拡がった。結果的に「血を流すカンザス」は党派的対立の象徴となった。

カンザスの闘争の知らせが東海岸に届く前でさえも、首都ワシントンでは奴隷制に関連して暴力的で突飛な行動が起こった。チャールズ・サムナーが上院で「カンザスに対する犯罪」という題で演説を行い、フランクリン・ピアース大統領の執政と奴隷制度を非難し、サウスカロライナ州の頑固な奴隷制擁護者アンドリュー・P・バトラー上院議員を槍玉に挙げた。このサウスカロライナ人を奴隷制の「ドン・キホーテ」と呼び、「女主人に売春婦の奴隷を選んだ。...他人には醜く見えるのに本人にはいつも愛らしい、世間の目からみれば汚れているのに本人には貞淑に見える」と性的な当て擦りもふくんでいた。数日後サムナーは「南部紳士の作法」の餌食になった。これは年長の近親者の名誉を攻撃したことに対する報復を教えるものだった。バトラーの甥で下院議員のプレストン・ブルックスが重い杖でサムナーを殴り続け、出血し虫の息になったサムナーはその後3年間も上院に戻っては来られなかった。しかしマサチューセッツ州選出の上院議員サムナーは党派的緊張関係のもう一つの象徴になった。北部の多くの者にとって、奴隷社会の未開さを絵に描いたような事件であった。

カンザスでの事件の展開に怒った共和党は、アメリカの歴史の中でも初めて絶対多数を占める党派となっており、最初の大統領選挙に自信を持って臨むことになった。その候補者はジョン・C・フレモントであり、新しい党にはまあ安全な候補者であった。フレモントの指名はカトリック・移民排斥主義者であるノウ・ナッシングズの支持者を混乱させた(フレモントの母はカトリックだった)が、極西部の有名な探検者で政治的な経歴の無いフレモントは元民主党員を寄せ付けるための試みであった。他の2人の競争者、ウィリアム・スワードとサーモン・チェイスは急進的過ぎるように思われた。
ボライズ ピーマン ストー トラ!トラ! ルワン クッツ フーリガン チレース ディーピー マルガリ カツレツ ストアブ オルゴ れいほく ステップ びゃくぐん 横野柿 ストア テーマ サルバド アクティブ ピンぼけ マドラー スコップ スメグマ ドティー スローフ レンチ フェン スロー ミリオン ブカレスト ロボトミ セラム 平和の種 ベルト ヤプー もらーど デンマーク サーンチー ピアノ はちろ パラソル スキップ ランダム モンブ ぶなしめじ セニョーラ ボンボン イアル

それにも関わらず、1856年の大統領選挙はほとんど奴隷問題一色になった。民主主義と貴族政治の争いともいわれたが、カンザスの問題が焦点だった。共和党はカンザス・ネブラスカ法と奴隷制の拡大を非難したが、反奴隷制の理想と北部の経済的願望とを組み合わせる事で国内を改革するという計画を進めた。この新しい政党は強力な政党政治文化を発展させ、エネルギッシュな活動家が前例のないほどの数の投票者を投票に駈りだした。民衆も熱情を持って反応した。若い共和党員は「広い覚醒」クラブを組織し、「自由土地、自由労働、自由人、フレモント!」と詠唱した。南部の「けんかっ早い人」(fire-eaters)や中道の者ですら、フレモントが勝ったら脱退の畏れがあると口に出すようになり、民主党の候補者ジェームズ・ブキャナンは連邦の将来に関する理解から恩恵を受けることになった。

2009年02月14日

とらいあんぐるハート2 さざなみ女子寮

主人公である槙原耕介が親族が経営している女子寮・さざなみ寮の管理人となってそこで出会う様々な人たちとの交流と恋愛模様を描く。
王様 ケルピ つまごい まさめ ドンタ ラドン スラグ リリース れんがいろ イグアナ ジーユー プロデュポ 寛仁 日野菜 かやべ 睡蓮 リサーチ 鳥のくちばし ながぬま ロット シンビ ロゼ オフデイ トラン ナノチュ シエスタ サンリ ハイル ドルメン シンデレラ せーじ フットギア アムス チャル 雪うさぎ ファム あんず ディレッ ランプ マチュピ とうゆう 竜馬の如く イカオ 春夏秋冬 モンスーン ムイズ しゅくや ユニテリ リードオ パーセク

槙原 耕介(まきはら こうすけ)
声:浜田登(OVA・DVD EDITIONのミニシナリオのみ)
主人公。女学生の集まるさざなみ寮管理人代理兼料理人(兼雑用マシーン:仁村真雪談)。190cmを超す長身で、性格も穏やかかつ包容力もあり、多感な世代の寮生に対してのさりげない気配りと、種々雑多で多忙を極める寮の仕事を両立できる大人の男。性格と能力のバランスが良く、とらハシリーズの主人公のうち最も人気がある。また、歴代主人公で唯一の酒好き。長崎にある実家のレストランの手伝いをしていたが、料理の腕を見込まれ、旅行するという叔母・一ノ瀬神奈に呼び寄せられてさざなみ寮で管理人代理のバイトをすることになる。女子寮なので当然だが、当初は一部の住人に疎まれたものの2週間の奮戦が認められ、神奈の職場放棄の結果、そのまま三代目管理人に昇格する。なお、本人は気付いていないが、ある秘められた特殊能力があり、シナリオによっては神咲薫に見出され戦う力を手にすることもある。
長崎の洋食屋「サフラン」の次男坊で、店は既に兄・裕司が継ぐことで決まっていたことからいずれ実家を出なければならない立場であった。入寮時に冷たい視線を浴びても将来の独立を考えた時の修行として割り切っていた節もある。彼自身の性格もあって代理とは言え神奈以上に受け入れられてしまい、そんな折の神奈の駆け落ち騒ぎは渡りに船と寮生から大歓迎されるまでになっていた。
まだ祖父が健在だった頃はたびたび海鳴を訪れており、祖父が養育していた愛とも一緒の休みを過ごしていた。その頃の耕介は密かに愛にあこがれていたが、祖父の逝去後は海鳴を訪れることは一切なくなり彼女の事を一旦忘れてしまう。中学、高校時代はいわゆる不良で荒れた生活を送っており、不良仲間の千堂真由を通じて妹の瞳と知り合いやがて恋に落ちるが、あるとき瞳に肉体関係を迫り、抵抗した彼女に投げ飛ばされ全治二週間の大怪我を負ってしまう[1]。関係が修復されないまま千堂姉妹は海鳴へ転居してしまうが、後の祭りとは言え瞳の心の傷に気付いた耕介は以後、猛省したことで『とらハ2』における性格が形成されたのである。
不良時代の素養からもともと腕っ節は強かったが、特殊な仕事をしている薫に対する気遣いと運動不足解消を兼ね、剣道としての神咲一刀流を始めたところ、一灯流当代の薫ですらはるかに上回る莫大な霊力を持ち合わせていたことが判明したため一灯流の修行に切り替え、退魔師として急成長することになる。この神咲一灯流の設定は『とらハ2』ではルート次第の設定であったが、『五月の雪』で薫と共に実戦に出たことで公式に確定した[2]。『とらハ3』の時代も管理人の立場に代わりは無いが、リスティの存在やドラマCD版での描写などから、愛と結婚したとする解釈が有力とされている。
槙原 愛(まきはら あい)
声:遊魚静 ※OVAでは高口まどか
さざなみ寮オーナー。耕介の従姉だが10年ぶりの再会で、彼自身は顔すら忘れていた。大の動物好きで唐沢医大獣医学部所属の医大生。直系の肉親をすべて失い相続により大地主となる。耕介にやや特別な感情を抱いており最初から極めて好意的。おっとりとしたやさしい性格だが、どことなくのほほんとしたのんびり屋で天然の気もある。賑やかな住人にかこまれ楽しくやっているが、天涯孤独の身の上ということもあり、別れの寂しさには敏感。祖父の形見、年代物のMiniを家族のように非常に大事に乗っている。なお、前世がペンギンと言われるほどのペンギン好きだが、そこには運動神経の鈍さを揶揄する一面もある。しかも料理は破滅的なまでに下手で食べられるものは一切作れず、それゆえさざなみ寮では別途、管理人が必要とされる。『とらハ3』関係以外の登場人物では唯一アニメ版なのはにも登場している[3]。
耕介から見ると父方の伯父の子で、二人は法的に結婚が許されるギリギリの線である四親等しか離れていない。2歳の時に事故で両親を失い祖父に養育されていたが、その祖父も12歳の時に亡くなり天涯孤独の身になってしまう。相続により中学生にして大地主になってしまったが年少のため神奈の親が後見人となり、日常生活のため敷地の一部を利用し「さざなみ寮」が開設されることになる。
このように家族に次々と先立たれてしまったことから、彼女は幼少期の思い出を殊のほか大事にする傾向がある。祖父の形見のMiniを後生大事に乗っていたのは、乗ること自体が彼女の最後の家族だった祖父を思い出す行為そのものだったし、幼い頃たびたびやってきた耕介との思い出も大切なものだった。そのため、神奈の後任に耕介が来たときは家族が帰ってきたかのように歓迎する。彼を一つ年下の頼れる男の子として美化し半ば恋愛感情に近い思いを抱いていたため、彼女を選択した場合は離れていた時間を埋めるかのように一気に恋愛関係へ進展するが、同時に従姉弟同士の制約から耕介をあきらめていた一面もあるので、仮に他の娘を選んでも一歩引いた所から耕介達を見守る。
『とらハ2』の一部のシナリオで触れられるが、自らの経験から寂しい想いはさせたくないと大学生時代に天涯孤独だったリスティを養子として引き取る。そして『とらハ3』直前に念願だった動物病院を開院するが、救える命を金銭的事情だけで見殺しにしたくないという理由で野生動物の治療については無料で引き受けている。この槙原動物病院の無料診察制度は原作版リリカルなのはの重要なキーポイントの一つであり、またアニメ版なのはでユーノを彼女が治療したのも、この設定の延長線上にある。
椎名 ゆうひ(しいな ゆうひ)
声:鳥居花音
第2部、耕介が正管理人になってから入寮。天神音大の1回生で、ティオレ・クリステラにあこがれ歌手になることを目指している。ピアノも歌も上手いが演歌好きという意外な一面があり、生粋の関西人のため非常に賑やかでノリもよく、さざなみ寮ではお笑い担当。外見や身体しか見ようとしない男にやや辟易しているが耕介とは気が合い、あっという間に親友になってしまう。のち実際にティオレの門下になるが、結局、英語を覚えようともせず、イギリスでもノリだけで意思疎通を図った猛者。また喫茶店「翠屋」は大のお気に入りで、『とらハ3』のメンバーとも家族ぐるみのつきあい。歌手デビュー後の芸名はSEENA。
陣内 美緒(じんない みお)
声:夏野向日葵
私立山之瀬学院の小学3年生。初代管理人陣内啓吾が山から拾ってきた女の子で、なぜか猫耳と二股に分かれた尻尾を持つ。しかしそんなことはどこ吹く風で、まだ小学生ということもあり少年顔負けのバイタリティを持ち元気一杯、さざなみ寮における破壊神を自他問わず認めている。また、動物と話が出来る能力を持ち、近辺の野良猫達の実質的なボス。当初は反耕介の急進派で追い出しにかかるが、子猫「小虎」を巡って和解してからはマブダチの関係となる。藤田望は同級生。また、高町美由希も同い年で御神流の鍛錬を開始する前は一緒に遊んだ仲だった。
その風貌から猫又と考えられがちであるが遺伝子構成の99.99%は人間と同じ。そのため投薬や輸血も一般の人間と同様に可能だが、ただし効き目が悪いため騒動になりがち。残りの0.01%の部分になぜかネコの遺伝子が混ざりこんでいるがゆえに異常な跳躍力や野生動物並みの嗅覚、そして動物との会話能力が発揮される。チーズ入りちくわや魚全般を好物とするのもネコの遺伝子の影響であろう。ただし、霊的には不安定な存在のため霊感応などのトラブルが多く、薫たちの手を焼くことも多い。性格的にも見た目そのままのお子様でわがまま勝手ではあるが、あまり深く考えない分、物事の本質を突いた発言をしばしばする一面もある。
ところで耕介に恋心を抱いてしまった彼女は最初、その思いを半ば意地になって否定していたが、親友の望がやはり耕介に恋心を抱いてしまい、二人の間で気持が揺れ動く。そして大人になりたいと念じ続けたところ、霊的な不安定さ故に突然体だけ大人になってしまうが、心が子供のままなので深く傷ついてしまう。結局、耕介に本当に大人になるのを待ってもらう約束で一度だけ結ばれてから子供の体に戻るので決してロリコンシナリオと言うわけでなく、むしろ本作タイトルの由来である三角関係を描いた、シリーズ通じてもほぼ唯一のシナリオとなっている。
遊んでばかりいたため学業成績は悪く、『とらハ3』の時代は3の面々の居る風芽丘でなく県立城西高校に進学。大学も一浪したとの設定がある。この時代は性格的にも多少は大人になり、ツーリングが趣味で耕介お下がりのバイクを乗り回しているが、新車購入を夢見て特技を生かして駅前のペットショップ「フレンズ」でアルバイトをしている。
小学4年時に父親が結婚したことで、神奈は母親、耕介・愛・リスティとは従姉妹の関係となったが、今までの経緯もあってあまり血縁関係を意識している様子はない。
仁村 真雪(にむら まゆき)
声:藤澤暁
知佳の姉。新潟出身。旧姓草薙真雪。生活は不規則、酒と煙草が手放せず偏食、運動不足と不健康を絵に描いたような国立海鳴大5年生。もとは日門草薙流という実家の剣道場の名取り予定者であったが、漫画家となり知佳を連れて家を飛び出す。べらんめえ調の男言葉でやや暴力的、趣味はセクハラと人格はほとんどヤクザ。高校時代は超不良。しかし義侠心に厚い性格で、常に妹の知佳のことを第一に考えている。さらに非常事態に陥るとさざなみ寮における調停役をつとめ、耕介入寮時も中立の立場を貫いた。漫画家としては少女漫画だが「カッコイイ」漫画を描き、どんな酷い事になろうとも“必ずハッピーエンドにする”というポリシーを持つ。なお、吸っている煙草の銘柄はパッケージが赤い矢であることからホープ・ライトであると思われる。
そんな生活を送っていたため家族との折り合いは非常に悪く、漫画家になることを認めなかった父親に反発し、最後は知佳を連れ草薙家を飛び出した。その際、母方の姓である仁村に改姓し実家と絶縁している。
しかし、そんな彼女も当初、知佳の異能力暴発には手を焼いた。かつてさざなみ寮南半分を妹が崩壊させてしまったことがあり、真雪は再建時に責任を取り自室と知佳の部屋を買い取る羽目になる。その関係もあり、大学を卒業し漫画家専業となってからも寮で暮らすが、根が不精なだけに耕介のような人物がいないと生活出来ないという事情も当然ある。
本来、名取り予定者の剣道家であったことから腕に覚えがあり、自らを天才と称する。その攻撃スタイルは多彩な剣技とスピ?ドが持ち味で(但し後述の御神流には劣る)、一撃必殺を旨とする神咲薫に対し剣を捨てた今なお優勢を保つ。ただし日頃の不摂生で5分しか体力が続かないため持久戦に持ち込まれたときは負ける。
仁村 知佳(にむら ちか)
声:西村ひな ※DVD EDITIONでは日向裕羅と表記
真雪の妹[4]。やはり新潟出身。旧姓草薙知佳。お嬢様学校・私立聖祥学園高校の1年生。お菓子作りとパソコンが趣味。高機能性遺伝子障害病(通称・HGS)という先天性の病気を患っており、副産物で超能力と光の翼を持つ。今でこそ向日葵のような明るさを持つが、昔は異能力が周囲に疎まれ大変ひねくれていたらしい(真雪談)。耕介には最初から好意的で、姉の不精も相まって頼りになる兄が欲しかったこともあり、義兄妹の契りを交わして「お兄ちゃん」と呼び慕う。『とらハ2』における人気第1位。岡本みなみは同い年ということもあって仲がいい。趣味はお菓子作りで、特にチーズケーキはそこらの店よりも美味いと寮生が口をそろえる(もっとも高町桃子経営の翠屋には敵わないと思われるが)。
ところで、HGSとは約20年前から散見されるようになった奇病の一つで、研究が進んでいないこともあってよく判っていないことが多い。そのため、各患者には研究上のコードナンバーがあり、知佳の場合TE-01と振られている。また、各自が保有する翼(フィン)も形態が異なり、彼女のそれは「エンジェルブレス」と称する白い翼。副産物である異能力にはサイコキネシス、サイコバリア、テレパシー、物質転送、読心などがある。知佳はこれらの能力のうち、物質転送が物を引き寄せる「アポート」しか出来ないことを除けばほぼ全てを扱うことが出来る上、発展途上というところに特徴がある。また、彼女の自然体重は147kgもあるが、日常生活ではサイコキネシスを応用して36kgになるように浮かしている。
子供の頃は特に読心能力ゆえに傷つくことが多く、能力制御が出来ず感情のまま暴発することも多かった。そのため、草薙家では土蔵に閉じこめられていたが、そんな知佳を不憫に思った真雪が両親と喧嘩し家を飛び出す際、密かに連れ出したとの経緯がある。現在でも日常生活が可能なレベルに能力を押さえ込むため特殊なピアスをつけ、かつ大量の薬を服用する。
こうした生まれを彼女自身自問した末、人命救助で異能力を生かすことを望み、やがて平凡な幸せを願っていた姉の反対を押し切って海鳴の地を離れる。訓練の後、最終的にはカナダに渡り、エバーグレース・マギウス・ノア(後述のアイリーン・ノアの祖母)が創設した国際救助隊に入隊する。そのため、人気の割りには本作以後の登場は少ない。
神咲 薫(かんざき かおる)
声:睦月里緒
私立風芽丘高校の2年生。鹿児島出身。『とらハ1』の千堂瞳とは同級生。剣道部所属でその腕は全国レベル。ただし仁村真雪と剣道で打ち合うとたいてい負ける。実は退魔師で、実践剣術である「破魔真道剣術 神咲一灯流」当代伝承者。頑固で堅物、かつ生真面目な性格で、自堕落な真雪や美緒に対して風紀委員のように口やかましく叱りつけるため二人からは鬱陶しがられている。また、当然、耕介入寮時も反対派。しかし、体が丈夫な方ではない上、ナイーブな性格の持ち主で、そんな自分を気遣ってくれる耕介の存在をいつしか認めてしまう。なお『とらハ3』のヒロインである妹・那美と異なり薩摩訛りが抜けていない。
ところで、神咲一灯流は那美のような鎮魂術もあるものの、本筋は剣を用いた霊力波攻撃で悪霊を消滅させる特殊な剣術であり、高度な剣技と高い霊能力の二つを兼ね揃える必要がある。そのため母親が継承に失敗するなど[5]後継者が育成しにくく、彼女はほぼ純粋培養に近い育てられ方をされた。久遠が引き起こした事件により結果として歴代最年少の当代となるが、一方で剣一筋に近い半生となっていることから人生経験の不足を十六夜が心配するほどになっていた。
退魔師、そして当代としての責務から、たとえどんな幼児の霊であれ切り祓うが、その反面、生真面目な性格もあって、退魔とは死んだ人間をもう一度殺す行為と考え仕事の度に彼女は心を痛めていた。殺人者と同じことをして金を貰い、自分はのうのうと暮らしている事は許されるものではないと思いつめていることから、ほとんど笑うことが無かったが、そんな彼女を心から心配し、退魔師としての仕事を肯定的に評価した上で神咲流の弟子にまでなった耕介の存在は、薫の性格を解きほぐすことになる。
ところで、寮の風紀委員的な存在で耕介入寮も反対した彼女であるが、その一方で神奈の駆け落ちに対しては真っ先に賛成し、十六夜が耕介に恋をした時も彼女の自由に任せ、那美には恭也と結ばれることを期待するなど、意外にも身内の恋愛沙汰には肯定的な反応を示す。
十六夜(いざよい)
声:織田みづき ※OVAでは稲田麻美、DVD EDITIONでは天川遥
神咲家に代々受け継がれ、現在は薫が持つ神咲一灯流当代の証である破魔刀「霊剣・十六夜」にざっと400年は宿る精霊。長身で金髪碧眼だが視力はない。薫とは姉のような母のような関係で暖かく見守っている。元は通常の人間で、神咲一灯流初代により霊剣の精霊になったことは覚えているが、それ以前の記憶がない。霊体のため、空中を浮揚したり閉まっているドアや床を潜り抜けることが出来るが、一方である程度の質量のものを持つまで実体化することも可能。また、治癒再生能力を持ち合わせており、寮の住民は少々のケガなら彼女に治してもらっている。のんびりした性格で趣味は将棋と日向ぼっこ。しょっちゅうふわふわと出歩いては幽霊扱い(実際幽霊のようなものではあるが)され人を驚かしてしまうため、年甲斐もなく落ち着きが無いと薫にたしなめられてばかりいる。
生前の名はイザベラ。約400年前の西欧(スペインか?)出身で、両目が見えないことから家族に追われ、弟のシルヴィに匿われ日本に密航するが、生まれつき霊力が高かったことから魔物を呼び寄せてしまい姉弟そろってこと切れる。瀕死のところを神咲家初代により霊剣とされるが、その製法は生きている人間を殺し剣に魂を封じる忌まわしいものであった。その一部始終を弟は見てしまい、墓前にささげられた共打刀に憑依、魔剣「御架月」として神咲家に対し怨恨を抱き続ける。しかし、十六夜自身は命を落すことに変わりないのならせめて神咲に命を託すと自ら望んで封じられたため、400年ぶりに姉弟が対峙した時、お互いの目的をかけ殺しあう悲劇を招く。
霊剣としての十六夜は、彼女自身の霊力と所持者の霊力が同調し威力を発揮する協働型で、弟剣の御架月は所持者の霊力を増幅する開放型。霊剣としての性能自体は御架月の方が上だが使用者の霊力消費が激しいとの欠点がある。一方、姉剣の十六夜は使用者との相性が重要で、歴代の所持者は神咲家の人間であることが必須だった。そのため、耕介が彼女と結ばれた場合、養子として神咲家に入る結末を迎える。
岡本 みなみ(おかもと みなみ)
声:滝可南子 ※OVA版では涼元里美、DVD EDITIONでは大塚真桜
第2部より入寮。私立風芽丘高校の1年生。大阪生まれの関東育ち。バスケットボール部所属。身長150センチと小柄な体だが、とてつもないパワー(ゆうひのピアノを一人で持ち上げた)と身体能力の持ち主。知佳とは同い年ということもあり馬が合う。バスケットで身長差のハンデに負けないための努力を怠らない。さざなみ寮に入寮した理由は「バスケのコートがあるから」。なお、『とらハ1』の主力とは同級生という関係で、彼女自身、どちらかと言うと、耕介よりは、1年時に同級だった真一郎の方に惹かれている。また唯子に負けず劣らずの大食らいで、二人で大食い大会に出たこともある。
リスティ・C(シンクレア)・クロフォード → リスティ・槙原(リスティ・まきはら)
声:音乃菜摘
アメリカ国籍のフィンランド人。『とらハ2』では特定ルートの第3部で仁村知佳の通う病院から預かって欲しいと頼まれる女の子(OVAでは陣内啓吾の協力者として登場するなど、かなり設定が異なる)。銀髪の美人だが知佳同様の異能力ゆえに心を閉ざしていた。当初はさざなみ寮の面々に対しても辛辣に当たっていたが、耕介や愛の意固地なまでの献身的態度もあってか、徐々に寮の面々に心を許していく。高校入学直前に養子として愛(ルートによっては耕介も)に引き取られて日本に帰化するが、今度は仁村真雪の悪影響を受けてしまい、『とらハ3』では同一人物とは思えない性格になって再登場する。ドラマCD版において、恭也と忍が恋愛関係になる際のキーパーソンでもある。
実は「劉機関」というチャイニーズマフィアがHGS能力の兵器転用を狙い、患者同士を人工授精して作った生体兵器。開発コードナンバーはLC-20。保有するフィンは昆虫状の3対の光の羽で、名称は「トライウィングス・オリジナル」。リスティはその最終試作機であり、いくつかあった試験体のなかで最も出力が高かったことを買われ、量産機であるフィリスとセルフィが作られることになる。「劉機関」にとってはあくまで実験体に過ぎないので開発コードであるエルシーと呼ぶが、本人はその名を極度に嫌い映画女優の名を採ってリスティ・シンクレア・クロフォードと自称する。 こうした経緯があるため当初は人間自体をさげすみ、やたらと攻撃的な性格であった。実験体としての生活に嫌気を感じ病院を脱走した時、耕介や愛が温かく迎えた事で初めて人の情を知り、急激に情操面が改善して行く。やがて「劉機関」が量産機を完成させるや、リスティと知佳を捕獲するためフィリスとセルフィが送り込まれるが、二人を返り討ちにして完全に自由の身となった。
HGSとしての能力は登場する5人の中では最強。その出自から攻撃能力が高く、特に「サンダーブレイク」という電撃技が得意。さらに物質転送も5人中、唯一人「テレポート」が可能で、槙原家に引き取られ風芽丘高校に通うようになると、毎日これで通学したりする。一方で防御系の能力は不得手で、かつまた再生能力に欠点を抱えメンテナンスにも時間と手間が知佳以上にかかる。さざなみ寮に預けられたのは知佳の能力をコピーする裏の目的があったのだが、結果的にはリスティの能力が知佳にも伝わる事にもなった。また、なぜか動物に好かれる体質でもある。
中学生にも関わらず大学生以上の知能があり、流暢な日本語を操り好んでシャンソンを聴くなどかなりのインテリ。槙原家の養子となった後は社会訓練のため、風芽丘高校から学歴を積む。後、能力を人助けに生かすことを志向し、警察への就職を望むが、社会に出ることを急いだあまりに学歴を「短大」迄で打ち切ったことが祟り、探偵まがいのエージェントからキャリアを積む羽目になったが、テレパシーやサイコキネシスを活用し高い実績をあげ、最終的には特例で刑事に採用されている。
『とらハ2』より『とらハ3』でのニヒルな小悪魔ぶりが印象に残りやすく、人気は彼女がヒロインではない『とらハ3』時代の方が圧倒的に高い。この時代の彼女は一見すると傍若無人に見えるのだが、実はシャイな性格の裏返しなのである。
藤田 望(ふじた のぞみ)
声:睦月理緒
陣内美緒の親友。相川真一郎や高町恭也も贔屓にする、商店街のドラッグストアの娘。美緒とは逆に優等生で、性格も内気で極めて大人しく、しかも近眼で鈍臭い。それゆえ、いつも美緒に振り回され、トラブルに巻き込まれてばかりいる。また、ゲームとパソコンに強く、仁村知佳とも馬があう。
千堂 瞳(せんどう ひとみ)
声:日向裕羅
神咲薫のクラスメート。詳細は『とらハ1』参照。槙原耕介とは昔いろいろと事情のある幼馴染の関係。数年ぶりに再会した。歴代でも複数作にまたがって攻略が可能な唯一のヒロインである。
井上 ななか(いのうえ ななか)
声:音乃菜摘
街で出会うバイトに明け暮れる少女。詳細は『とらハ1』参照。たびたび耕介が見かけるたび違う仕事をしていることから興味を持ち、声をかけたことでさざなみ寮に出入りするようになる。千堂瞳にあこがれ、やがて風芽丘を受験することになる。
一ノ瀬 神奈(いちのせ かんな)
声:稲田麻美 ※DVD EDITIONでは天川遥
槙原耕介の叔母。さざなみ寮二代目管理人。旅行中の管理人代理として耕介に寮を任せ旅立つが、旅行先の香港で運命の男性(?)と巡り合い、耕介を後任に仕立てて恋に走る。
佐伯 理恵(さえき りえ)
声:春野日和(DVD EDITIONのミニシナリオのみ)
ティオレやゆうひ、フィアッセやアイリーンと言ったクリステラ・ソングスクール関係者の日本におけるCD発売元であるSAEKIレコード会長の孫娘。知佳が私立聖祥学園高校で最初に作った友達で、また3年通じて同級生だった。性格は基本的にやさしいが、お嬢様だけに、どこか常識ハズレな部分がある。ただし、知佳の病気などの事情を知った上でなおも変らず付き合い続けたことからも分かるように、人を思いやるという点では自然体で出来ると真雪からの信頼は厚かった。『とらハ2』本編ではセリフだけの非攻略キャラ。
陣内 啓吾(じんない けいご)
声:神城順一(OVAのみ)
美緒の養父でさざなみ寮の初代管理人。現在は仕事で香港に居住するが、さざなみ寮の住民は現地で何をしているのか誰も把握していない。なお、高町士郎は生前、同業者として知り合いだった。
表向きは国際不動産業者を名乗るが、実は世界最強にして非合法ぎりぎりの法の守護者、香港国際警防隊の副隊長。いずれにせよ、職業柄、本業をカモフラージュする必要があった。香港警防でのコードネームは樺一号。自身、鋼鉄の短棍を二刀流のように操る武術家で、戦闘能力は御神流屈指の使い手である高町士郎、御神美沙斗兄妹とも互角。一ノ瀬神奈の言う「運命の男性」は実は彼のことである。
国見 隆弘(くにみ たかひろ)
さざなみ寮生が行きつけのバー「FOLX」の雇われマスターで高身長の色男。「風芽丘の黒い風」と呼ばれた仁村真雪の高校時代の不良仲間で、当時の通り名は「風芽丘の赤い嵐」。同年代の男ということで耕介とも仲が良く、長崎の実家のレストランにも行ったことがある。出番は多いが完全な脇役キャラで、苗字ではなく名前が表記されると誰だかわからないとまで言われる悲劇のキャラクター。
神咲 和真(かんざき かずま)
声:関智一(ドラマCD版のみ)
薫の弟で那美の兄。鹿児島在住。姉や妹同様、やはり退魔師で、実践剣術である「破魔真道剣術 神咲一灯流」伝承者だが、剣の腕は姉を凌ぐ一方で霊力が劣ることから、将来的には剣道としての「神咲一刀流」を継ぐことになっている。シナリオによっては十六夜の由来調査のために登場する。
神咲 楓(かんざき かえで)
声:桐原真季
『とらハ2OVA』などで登場。初出は『とらハ3』。薫・那美の従姉妹。「破魔真道剣術 神咲一灯流」の分派で京都に本拠を持つ「神咲楓月流」の後継者候補。年齢については明らかにされていないが、恐らくリスティと同い年と思われる。
一本気な性格で、久遠がらみで当代襲名が早まった薫や葉弓に対しある種のあせりを感じている。特に薫にいつまで経っても子供扱いされることに我慢ならず、何かにつけつっかかった挙句、騒動を引き起こす。しかし実際は薫に憧れの感情を抱いており、その薫に認められない焦りをつけ込まれて「祟り」に憑かれて、薫を襲う。その際、当時の薫から彼女が久遠を斬る覚悟を決めており、それを楓や那美に背負わせたくないという気持ちを知って正気に戻る。その後、薫や葉弓、那美らと一緒に祟りを成仏させた。その後、私立聖祥学園高校に転入しさざなみ寮に居住後、『とらハ3』の頃に「神咲楓月流」の当代となる。DVD EDITIONミニシナリオでも、さざなみ寮で暮らしていて美緒の騒動に巻き込まれる。
神咲 葉弓(かんざき はゆみ)
声:海原エレナ
『とらハ2OVA』で登場。初出は『猫たちの午後』。薫・那美のはとこで青森の「破魔真道弓術 神咲真鳴流」の当代。やはり退魔師だが、神咲一族の中でも特に呪詛落としに優れる。やや天然気味だが常識人で、薫と楓が対立した際、二人の橋渡しとしてお互いを諌める。なお、容姿も性格も今となっては珍しい典型的な大和撫子で、とらハのヒロイン陣では最も出番に恵まれなかった割には根強い人気がある。

2009年01月27日

マクダネルXF-85ゴブリン

マクダネルXF-85ゴブリン(McDonnell XF-85 Goblin) は、アメリカの試作戦闘機である。戦略爆撃機 コンベアB-36を護衛するために、B-36の爆弾槽内に収納されて、戦闘空域まで運搬されるパラサイト・ファイターとして構想された。製造はマクドネル社。

爆撃機の護衛を行う戦闘機は、一般に航続距離が短いことが欠点であった。特にB-36は長距離爆撃機であり、爆撃目的地上空まで爆撃機に随伴できる戦闘機はなかった。そのため、B-36の爆弾槽内に収納することにより、戦闘空域まで戦闘機を輸送する方法が考えられ、製造されたのが本機である。戦闘時には親機から発進し敵機を撃退、戦闘終了後に親機に帰還する方法をとる。

概念は1942年頃から構想されていたが、本格的な開発は1945年以降のことである。1946年にモックアップが完成している。1947年2月2日にXP-85として2機の試作機が発注された。

爆弾槽内に収納されるために非常に特異な形状をしており、胴体は短く、着陸脚はない。胴体前部、コックピットの直前に収容用のフックが設置されている。なお、フックは飛行中、胴体内に収容される。モックアップ時点ではX字型の4枚尾翼であったが、試作機では5枚に尾翼が増やされ、風洞試験の結果を受けて最終的に6枚となった。また、飛行試験の結果を受け、主翼端に方向安定板が追加されている。

1号機は1947年10月に完成したが、当初はエンジンを装備せず、主に風洞試験に用いられた。2号機は1948年7月からボーイングEB-29Bを親機として、飛行試験に用いられた。8月23日に初の自由飛行に成功したが、親機への帰還に失敗し、ミューロック乾湖に不時着している。10月14日に2度目の自由飛行を行い、親機への帰還に成功した。この後、1号機も飛行試験に用いられたが、やはり親機への帰還に失敗し不時着している。

飛行試験の結果を受け、親機と再ドッキングが容易でないこと、小型で特異な形状のため飛行性能が悪く、敵戦闘機に対して充分に対抗できないこと、空中給油などで、通常の護衛戦闘機の航続距離が伸びたことなどにより計画はキャンセルされた。
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製造された2機は、現在、オハイオ州デイトンのアメリカ空軍博物館、ネブラスカ州オマハの戦略空軍博物館で見学することができる。

2009年01月19日

褌(ふんどし)

褌(ふんどし)は、日本をはじめとする地域での伝統的な男性用の下着である。英語では loincloth と表記されている。 祭りの中において褌は下着ではなく、晴れ着として扱われる。 百貨店、呉服店、武具店、祭り用品店、通信販売などで販売されている。

「褌」の漢字は「衣」偏に「軍」と書くように、戦闘服に由来する。昔は布が高価であったことから、戦国時代では戦死者の身分は褌の有無で見分けを行っていた。当時は麻が主流であったが、江戸時代に入り木綿に代り、武士の他に一般庶民にも普及するようになった。一部の上流階層は縮緬などを用いていた。 第二次世界大戦までは日本人成人男性の主な下着となっていたが、戦後、洋装化が進んだことや、ブリーフ、トランクス等の新しい下着が出現したことで、急速に廃れた。

褌の由来は南方伝来説と大陸伝来説があるが、定説はない。南方伝来説の根拠は、東南アジア、ポリネシアや南米地区で六尺褌とほぼ同形状のものがあることから言われる説であり、一方、大陸伝来説は、中国大陸に「特鼻褌」(とくびこん)と呼ばれる、男性の局部が牛の鼻のように見える褌が日本に伝来したとの説がある。日本の祭事に六尺褌が多いのは、南方伝来の六尺褌が根底文化にあり、大陸文化との折衷が始まり、時代を経て簡略化された越中褌が生まれたとの説が一部で唱えられている。

語源
「踏通(ふみとおし)」「踏絆(ふもだし)、馬や犬を繋ぎ止める綱」「絆す(ほだす)、動かないよう縄等で繋ぎ止める」から由来するという説が一般的である。元来日本語には「ん」という発音の言葉がなかったことから、漢語の「褌衣」を韓国語化した「Hun-t-os,(フントス)」からくるという説もある。また古語においてはふんどしは「犢鼻褌(たふさぎ)」といった。これの由来についても「股塞ぎ(またふさぎ)」「布下げ(たふさげ)」「タブ(樹皮布)裂き」など諸説ある。アイヌ語で「テパ」(tepa)と呼ぶのも同じ語源からくるのではないかと思われる。九州の方言で「兵児帯」(へこおび)と呼ぶのは「へのこ」(陰茎の意)からくる。

材質
一般的には木綿の晒し布が多く使用される。他に、新モス、スフ、絹(シルク)、麻等も使用される。着装感は生地の目が粗いものが柔らかく、生地が細かいものは硬めの感触となり、下着には目の粗い生地が用いられている方が多い。色は白色が多いが、赤、青などの色生地も使用されている。、他に柄物などもある。

褌の種類は六尺褌、越中褌、畚(もっこ)褌、割褌、黒猫褌などの種類があり、締め方や形状が大きく異なる。柄や色のある物も多い。医療用の下着であるT字帯も褌に含まれる。

六尺褌
六尺褌は、長さ約180cm?300cm程度、幅約34cm?16cmのさらしの布を用いた日本人男性用の下着。臀部が露出していることに特徴がある。現在では、下着に用いられるよりも、主に祭事や水着などで使用されることが多い。詳細は六尺褌を参照。

越中褌
越中褌は、長さ100cm程度、幅34cm程度の布の端に紐をつけた下着。一部では和製英語のクラシックパンツ、サムライパンツとも呼ばれている。医療用の下着であるT字帯も越中褌の一種。禊の時に使われる場合が多い他、一部の裸祭りでは六尺褌に代って、こちらが使われる場合がある。詳細は越中褌を参照。

畚(もっこ)褌
長さ70cm程度、幅34cm程度の布の両端に紐を通したもの。土木工事等で土を運ぶ畚に形状が似ているためこの名がついたといわれる。歌舞伎の女形は、普段から、これを着用。

割褌
六越褌、とも呼ばれる。長さ150?160cm幅30?40cm程度の布を使用し、片一方の布端を約55?60cm程真中から切って、切った部分を腰に巻く方式の褌。六尺褌と越中褌の中間的な物。戦国?江戸時代に掛けて一部の武将や大名に愛用された。

黒猫褌
戦前の水泳の授業などで使われた子供用の水褌(水着としての褌)。広島県、長崎県では「キンツリ」、「三角兵子」と呼ばれる。畚(もっこ)褌の一種でTバックになる。大人はサポーターとして用いる場合が多い。
レザー ホオズキ テレサイ スアレ 元亀 スリーブ アンス ファイフ テストパ 宇宙戦艦 ダーク アレン インロ デグー 赤いランプ 索ゴブレット トフル 男泣き ブロー キウイ ナーヤ ヒオウギ りょう カーブ ラワン ステッチ クイン きょっこう ブラッ きくもん まきえ 影の館 シリマリ クアッド 戦国合戦 ジャン サムネ ワーク シャイツ サイバ セルドレ ビュッフ 木漏れ日 シアター タムウ アココ オーニ ケンブ トークシ アネク

昭和初期頃より登場し、簡易褌と呼ばれる。生地は黒色の麻が用いられていた。名称の由来や出現は不明であるが、「黒猫」の名称は生地の黒色に由来している。国民皆泳が叫ばれ水泳が学校の教科として取り上げられたことで、幼児?小学生用の水着として全国に普及し、昭和30年代頃まで各地で散見されていた。

廻し
廻しは、日本の国技・相撲や一部の裸祭り、奉納相撲に使われる特殊な褌。色・材質・締め方が他の褌とは異なる。詳細は廻しを参照。

締め込み
福岡市博多区で毎年7月に行われる博多祇園山笠や、その他の裸祭りの装束として使われる褌。締め方や材質は、博多では廻しに近い(但し、生地の厚さは晒と廻しの中間くらい、薄めの帆布や重ねた木綿の洋服地)が、前垂れを出す場合が多い。博多以外では5mの、さらしを廻しと同様に締め込む場合が多い。何れの場合も横褌の幅を広くし(7?12cm)、後の結び目を廻しと同様にする。廻し、六尺褌、九尺褌、晒一反を指す場合もある。

下帯、とも呼ばれる、さらし1反分(10m)を、丸ごと使うふんどし。1枚の布で褌と腹巻きを兼ねる。着物用の下着として使われる他、玉せせりや、愛知県等の真冬の裸祭りで使われる場合が多い。褌と兼用せず、越中褌、締め込み、半タコと併用する場合も多い。

九尺褌
長崎県雲仙市(旧・国見町)の伝統芸能「鳥刺し踊り」に使われる褌。股間を通した布を胸まで引き上げて締める独特の形をしている。本来は漁師が着用したふんどしで、廻しと同様に着用。

サイジ
石川県舳倉島の海女が身につけていた褌。非常に布面積の小さい越中褌の一種で現在のTバックに近い形状。前垂れ、前袋にあたる部分は3角形の刺し子で、残りはロープ状。横褌を巻きつけたあと、前垂れの部分を外から横褌に巻きつける。

下がり
歌舞伎や時代劇の衣装(股道具)として作られた、最初から見せることを目的に作られた特殊なふんどし。歌舞伎ではマタギ、素人歌舞伎ではキン隠しと呼ばれる。越中に似ているが、前垂れと股間の布(晒し)が別々になっている。前垂れは武士役は白の方形の羽二重や縮緬、「粋な江戸の色男」役では赤の方形の羽二重や縮緬、町人役は白の三角形の晒しとなる。荒事や繻子奴、等、勇猛な男性の役では伊達下がりと呼ばれる化粧廻しに似た豪華で重厚な下がりになる(一部の祭り・郷土芸能でも着用)。肉襦袢、または下着の褌の上に着用。 また着用する役者、俳優によって二重に仕立てた下がりの下の部分の左右に鉛のおもりを入れて(五円玉が適当な重さ)、きれいに垂れ下がるように見せたり、形も少し「丸み」ができるように「分銅状」の形にしたりと、股を割ったとき、いかに下がりがきれいに見えるかという様々な工夫が見られる