現在の日本では、元号使用の法的根拠は元号法のみであり、それ以外に元号の使用を義務付ける法律や、使用しないことに対する罰条などはない。なお、元号法制定にかかる国会審議で「元号法は、その使用を国民に義務付けるものではない」との政府答弁があり、法制定後、多くの役所で国民に元号の使用を強制しないよう注意を喚起する通達が出されている[1]。また、日本共産党などの左派系の団体などは、「元号の使用を強制し西暦の使用を禁止するのは好ましくない」と主張している
国、地方公共団体などの公文書ではほぼ全てにおいて元号が用いられる(反面、皇紀は用いられていない)が、特許庁が発行する公開特許公報は「平成21年(2009年)」の形で元号の後に西暦を併記している。また旅券(パスポート)は日本国外で用いられることを想定しているため、例外的に名義人の生年が西暦で記載されている。住民基本台帳カードは有効期限が西暦で生年月日が元号で表記されている。
日本国内において西暦が常用されるようになったのは、1964年(昭和39年)の東京オリンピックに向けてのキャンペーンを経た後であり、それ以前には、戦後分離された沖縄、小笠原地域を除き、元号が常用されていた。しかし、高度成長期を経て、さらに元号が昭和から平成に替わると、西暦を常用する人々が次第に多くなってきた。
化学物質過敏症
特定疾患
オーケストラ
バーベキュー
スキンケア
学童保育所
衛生
合気道
ホスピス
試写会
材料科学
システム工学
哺乳類
クリスマス
遺伝子疾患
食品添加物
ボクシング
履歴書
バレーボール
労働組合
こうした中、次の理由を挙げて西暦を選ぶ者もいる。
西暦には改元が無く紀年数は常に不変だが、元号は(天皇の崩御を基準に)いつか改元されるものである為、例えば“平成100年”(2088年)の様な遠い未来の紀年を正確に表現できないこと[3]。
日本独自の紀年であるために国外では通用せず、外国人に理解されにくいこと。
西暦では1年に対する紀年数が常に一対一の関係にあるのに対し、立年改元を行う現行の元号制度では、1つの西暦年に対し2つ以上の元号(1989年=昭和64年・平成元年)が対応する場合もあり[4]、特にコンピュータで年を扱う際の事務処理やアルゴリズムが煩雑になること(『昭和100年問題』のような『日本独自の年問題』も発生させている。後述)。
改元に際して各種印刷物記載の旧元号を新元号に修正する作業のための時間と費用が生じること。また修正が困難である(一旦公に出回ったもので回収や再配布にコストがかかるもの)か修正に時間がかかる[5]ため旧元号の使用を続けざるを得ないケースがあり、混乱のもととなること。
異なる元号をまたぐ年の間の年数計算が複雑になること。また長期間の年数計算のためには多くの元号を時系列順に記憶しなければならないこと。
年度の区切りが改元の区切りと一致せず、改元後年度の終了日までの呼称は旧元号による(例えば平成元年3月31日は昭和63年度に属する)ため、混乱を生じやすいこと。
天皇制/皇室制度と密接に結びつくため、天皇制廃止論者による批判の対象とされること。
改元があるために、時代の流れを切断し、世界史の中における日本史についての認識をさまたげること。
日本においては長年、元号が用いられていたが、報道機関では朝日新聞が1976年(昭和51年)に、毎日新聞が1978年(昭和53年)に、読売新聞が1988年(昭和63年)に、いずれも年明けから日付欄を「西暦(元号)」表記に改めた。1989年の平成改元以降、その他の各報道機関も本文中は原則西暦記載、日付欄は「2009年(平成21年)」の様に「西暦(元号)」という順番の記載を行うところが多くなったが、産経新聞や一部の地方紙[6]やNHKのニュースのように本文中は原則元号記載、日付欄は「平成21年(2009年)」の様に「元号(西暦)」という順番の記載を行っている報道機関もある。ただし産経新聞のウェブサイト「産経ニュース」では、ホームページは「2009年(平成21)04月04日」、個々の記事のタイトルの下には「2009.4.4 02:04」、記事の本文中では「平成19年」のように不統一が見受けられる。しんぶん赤旗は日付欄に元号と西暦を併記していた時期があったが、現在では西暦のみを表記している。
現在、中国の文化的影響の下で伝統的な元号を用いているのは日本のみであり、元号制度の前提である「君主」が存在するのも東アジアでは日本のみとなっている。
西暦に対応して元号を和暦または邦暦と呼称することもある。